講師プロフィール

高い英語力を持ち、かつ当スクール独自の指導法を習得している英語指導のプロがおひとりおひとりに合わせたレッスンを提供しております。

主宰者紹介

松田 歩(Ayumi Matsuda):当スクール代表
1980年7月17日生まれ
資格:英検1級・TOEIC990・TOEFL110・IELTS7.5

もともとは高校を留年し、その後はトラック運転手として生計を立てるなど英語とは無縁の生活を送っていた。

35歳のとき、まだトラック運転手として働いていたときに「何か趣味を持ちたい」といった気軽な動機がきっかけで「これ1冊中学英語がわかる」といった内容の本をブックオフで100円で買って英語を独学しはじめる。しかし当初は、その本の内容がまったくわからないくらいの英語力からのスタートだった。

難しいと感じていたものの、持ち前のチャレンジ精神で巻末に紹介されていた「外国人講師との無料オンラインレッスン(2回)」をとりあえず申し込んでみることに。

しかし、25分間の外国人講師とのレッスンで「Yes」と「OK」しか話せずに終わる(外国人講師にも、ため息をつかれる…)。そこで、もう1回分のレッスンに向けて必死で勉強し、レッスンでは「My name is Ayumi. I’m 37years old.」が話せた(1回目のは別の外国人講師で、その先生はめちゃくちゃ褒めてくれてうれしかった)。

そこから、毎日毎日仕事をしながらコツコツと勉強をつづけ、短期留学やオンライン英語学習なども取り入れながら、英語を学びはじめてから3年後に英検1級・TOEIC990・ TOEFL110・IELTS7.5を取得する。

トラック運転手を辞めた後に、大手英会話スクールに勤務し英語講師として活動をはじめる。2018年12月、自身の経験をもとに構築した独自の英語学習ノウハウを駆使したレッスンを提供すべくEnglish-21を開校。

これまで「68才、ゼロから1年で英検準2級合格・日常英会話習得」、「英語力ゼロから、4ヶ月で英検準1級合格」、「専業主婦から1年で英語ペラペラ」などの指導実績がある。

メディア掲載実績

全国の英会話教室を紹介しているWEBメディア「教えて!英会話教室」に、松田のインタビュー記事が掲載されました。

当スクール開校のきっかけから、レッスンの特徴、さらに大人からはじめる英語学習についてなど、たくさんお話させていただきました。

充実した内容になっていますので、ぜひご覧になってみてください。

インタビュー記事は、こちらをクリック⇒

<参考:掲載メディア紹介>
教えて!英会話教室は、株式会社ジャストイットが運営する英会話教室の情報メディア。姉妹サイトも含め、オンライン英会話や英会話教室の最新情報を発信しています。

講師紹介

白石 礼子(Reiko Shiraishi)
資格:英検準1級・TOEIC900

【私と英語】
中学生のころ、単語を覚えるのに1単語につき5回手で書かないと覚えられず、書きまくって手が真っ黒になった。しかし、英語以外の教科がそこそこできてしまったがために、高校は運悪く(!?)進学校に合格してしまった。にも関わらず、英語は中学で習う「to不定詞」すらわからない状態。その姿を見て、高校のクラスメートの松野くんに散々バカにされた。しかし、松野くんが頭がよかったので松野くんに教わって英語がなんとなくわかるように。

20代のときには、アメリカ・シアトルに語学留学を経験。しかし、外国人の英語は聴き取れるものの、それに対して何も答えることができなかった(語彙力がなさすぎることを痛感)。そこであるとき、私がもっと英語を話す機会を増やしたほうがいいと感じたホームステイ先のママ(小学校の先生)が「私のクラスで授業をやってみるように」と勧めてくれた。そして、いきなりシアトルで小学校の授業で教壇に立つことに。

けれど、緊張もあって生徒や他の先生が話していることがまったく聴き取れず、何を言ってるのかわからない状態に。結局、自分が言いたいことが何も言えず棒立ちになる。そのため、当初30分の予定だった授業は5分で打ち切られてしまった(私の姿を見かねた、ママの判断)。それで「まわりの人たちに迷惑をかけてしまった…」と感じ自信をなくしてしまう。だけど、同時に「もっと話せるようになりたい」、「わからないことを聞けるようにならなければいけない」と強く思い、今まで以上に英語の勉強に力を入れることに。

帰国後、就職をして社会人になると勤務先で英語を話さないといけないポジションになってしまい、何から勉強すればいいかわからず、とにかく「文法書」と「めざせTOEIC500」みたいな教科書を丸暗記することにした。

その後、社内の昇進テストで上司に「英語で英語を説明しろ」と言われたものの説明ができず昇進テストに落ちる。その経験から「英語で英語を説明できなきゃ」という意識に囚われ「英英単語」を使って単語を覚えることに。それを地道にやってみたところ、時間ばかりかかって単語暗記は全然終わらなかったが、結果的にボキャブラリーが大幅に増えた。ちなみに当時は「He is coming. 」と「He is going. 」の区別がつかなかった。そこで、「coming」と「going」のニュアンスがわかるようになるまで1週間かけて文法書を鬼のように読み漁ったこともある(今でも文法書は私のバイブル)。

また、会社では通訳の担当なども請け負った。このような経験を経て、少しずつ英語力を向上させて行くと、だんだんと同僚たちから「どうやって英語できるようになったんですか?」と聞かれることが多くなり、自分の勉強法を伝えはじめた。それがきっかけで「英語を人に教えたい」という気持ちが芽生え、強くなっていった。

その後、会社を退職したタイミングでEnglish-21(当スクール)の講師募集の案内を見つけ応募し、当スクールの講師として採用される。

【Reiko先生からのメッセージ】
上記のとおり、もともと私は英語が苦手でした。でも、こんな私でも英語ができるようになりましたし、英語を通じて自分に自信が持つことができました。

私は、自分が英語が苦手なところから勉強をはじめたので、生徒の「わからない・難しい・理解できない」と感じているところが手に取るようにわかります。

私は、英語を勉強している全生徒に貢献できるよう、これからもひきつづき私自身も英語学習をつづけ、ますますブラッシュアップしていくつもりです。

真通 沙紀(Saki Shintsu)
1987年9月26日生まれ
資格:英検準1級・TOEIC900

【私と英語】
小学校の1年生のときに、自宅に英語スクールの訪問勧誘が来たことがきっかけで、英語に興味を持ちはじめ、お友だちを誘ってスクールに入会する。しかし、外国人を前にすると話せない、また単語も覚えられない日々がつづく。まわりのお友だちは、どんどんレベルが上がるのに自分だけまったく伸びない…。そこで、英単語の辞書やディズニー映画&音楽を母におねだりして買ってもらい、クラスメートに食らいついていった。おかげで努力が報われ、中学校では英語に苦労しなかった(うれしかった)。

高校生になると、同じレベルの生徒たちがたくさんいて「自分は、英語ができる」と思っていたがまったくできるレベルではなかった。実際に、英検準2級は4回落ちた。まわりのお友だちがどんどん合格して、悔しくて、毎日恥ずかしかった。当時は、とにかく必死に単語帳と過去問を覚えることを徹底していた。人に頼るのが苦手なので自力で学習法を探していたが、まったくわからなかった。とにかく、ひたすら「覚える」しかできなかった。そうして、なんとか5回目でやっと合格できた。そのおかげで、英検準2級合格後は高校でも英語がわかるようになってきた。

高校2年生のときに「英語の先生になりたい」という夢を持つ。きっかけは、学校の英語の先生がとても素敵な方で憧れたから。そこで、夢を叶えるべく、教員免許が取れる大学に進学。しかし、ここでもまた教員免許を取りたい学生が通う大学はレベルがケタ違いで、ギリギリついていく感じだった。結局、英語の授業のクラス分けでレベルの低いクラスになってしまった。そのときはかなり凹んだものの、それがきっかけで英語をめちゃくちゃ勉強した。

お友だちが、アルバイトやサークルを楽しんでいるときも自分は電車の中でコツコツ英語の勉強をしていた。アルバイトはしなかったし、サークルにも所属しなかった。 ひたすら英語を勉強したおかげで、努力が実って英語教員の免許を取得。

けれど実際は、いったん英語講師の夢は諦めてしまった。理由は、教員免許取得前に行った教育実習がズタボロだったこと。「私は、大勢の人前で話せるタイプではない」ということを痛感。

卒業後の就職先では、英語を使う必要がなくなってしまった。しかしそれでも、頭の片隅にはいつも英語があった。そこで、まずは自身の英語力の維持・向上のためにEnglish-21の門をたたく(生徒として入会)。その後、Ayumi先生から実力が認められ、英語講師としての仕事のオファーを受け、English-21で講師として働くことになり現在に至る。

【Saki先生からのメッセージ】
みなさん、はじめまして。私はこのスクールで生徒として英語学習をしながら、講師としてもお仕事をしています。私自身もそうですが、英語学習はモチベーションを保つのがなかなか難しいなと感じています。みなさんのモチベーションを保ちながら、英語学習のサポートができたらなと思っています。一緒に楽しくがんばりましょう! よろしくお願いします。

中山 裕子(Yuko Nakayama)
1982年6月9日生まれ
資格:英検準1級・TOEIC900

小学生のころは、勉強も運動もできないタイプだった。海外勤務経験のある父親の影響から、11歳のときに英語スクールに通いはじめる。しかしはじめは「お友だちが遊んでいるのに、私は英語スクールに行かなければいけない」のがイヤだった。けれど、スクールに通いつづけていたら英語がわかりはじめて楽しくなってきた。だから当時は、週2回英語スクールに通い、アルファベットもわからない状態から英語ドリルを鬼のようにやった。

そのおかげもあり、中学校では英語がそんなに難しくなかった(父のおかげで、英語だけはできるようになった)。この時期、英字新聞をかっこいいと思い購入して読んでみたがまったくわからず1ヶ月で挫折。

高校生のときには、帰宅部で英語の勉強を地道にしていた。しかし当時は、英語の勉強の仕方がよくわからず単語帳すら持ってなかった。それでも自分なりに勉強をつづけまくってたら、気づけばまわりのお友だちよりも英語だけは成績がよかった。

そのおかげで、英語の成績だけで青山学院大学に入学ができ有頂天に。けれど、大学は帰国子女だらけでまったく話せず、会話にもついていけず、先生の言ってることもわからず、落ちこぼれる…。でも、そこで持ち前の負けず嫌いの性格が発揮され勉強しまくった。とりわけ、翻訳の課題はめちゃくちゃがんばったおかげで成績優秀者にもなれた。とはいえ、まだこのときは英語がペラペラ話せたわけではなく、つねに劣等感を感じていた。

就職活動のときに、はじめて「TOEIC」というものを知る(遅すぎる…)。ちなみに、このころまで「英検」すら知らなかった。就職活動で、企業によって「TOEIC○点以上」が採用条件にあったためTOEICを勉強しはじめる。しかし、勉強の仕方などがまったくわからず、TOEICの教科書を買ってみたがやり方もわからなかった。

結局、勉強や対策なしで強行突破して受験。その結果、はじめてのTOEICテストでTOEIC700を取得。そして「マークシートだし、運がよければもっと点数が取れるかも!」と思い、その後2回受験をしたが、結果は全然変わらなかった。

大学を卒業して就職をするが、英語とは無縁の出版社で働き英語から遠ざかる。その後、結婚〜妊娠〜出産を経て、自分のやりたいことだった「英語」をふたたび思い出す。そこで、生徒としてEnglish-21の門を叩く。

スクール入会時は、TOEIC700以下まで英語力が低下していた。しかし、レッスンで英語学習のノウハウを目一杯吸収した結果、英語力がメキメキ向上。入会から1ヶ月で、TOEIC900を取得。その努力が認められ、Ayumi先生から「英語講師」のスカウトを受け、English-21の講師として働くこととなり、現在に至る。

【Yuko先生からのメッセージ】
一人ひとりの苦手なところを見つけて、ひとつずつ克服できるような授業をめざしています。私も、今までそうやって勉強してきました。弱点を少しずつ自信に変えられたことで、ずっと英語が好きで、楽しくつづけられています。 自分自身の英語力も、もっと向上させていきたいと思っています。一緒にがんばりましょう!

テルガ メロディー(Terga Melody)
1982年12月21日生まれ
資格:英検準1級・TOEIC900

フィリピン出身。5歳のときに、ママが単身日本で働きはじめる。そのため、ママと一緒に日本で暮らすことを夢見ていた。その後、12歳で初来日。とてもうれしくて、これからの日々にワクワクしていた。

来日から1週間後に、中学校の入学式があった。新しい友だちができると興奮していたが、日本語が1ミリも話せなかったため、ただただまわりの子たちがしていることをマネして誰とも話せずずっと1人で入学式を終える。

中学校生活にはだんだん慣れてきて、少しお友だちもできたが相変わらず英語の先生としか話せない…。また、中学ではいじめに遭った。男の子たちからは「フィリピンは、ゴミの山だ」と言われ、からかわれた。

言語の壁に阻まれ、勉強について行けず一度フィリピンに帰国することに。ただ、フィリピンに帰国しようと考えたのは、日本語の勉強の必要性を痛感し、フィリピンで日本語を学んでふたたび来日するためだった。

けれど、ママは「一度、フィリピンに帰ったら日本語が話せなくなるから絶対にダメ」と許してくれず、ひどく怒られた。でも、自分の信念は強く「絶対に、日本語を勉強しまくってママともう一度、日本で一緒に住む」ことを決め一時帰国した。

フィリピンでは、日本語のマンガ・ビデオ・ドラマのマネをしまくって日本語の勉強をした。ちなみに、日本語の辞書を使って意味を調べることもしていたが、この方法は時間がめちゃくちゃかかった。18歳までフィリピンで日本語を勉強しまくって、19歳のときに再び来日。

2回目の来日では、バイトをしまくって日本語の実践練習に役立てた。ただ、バイト先の人には「日本語話せなきゃダメでしょ」、「だから外人は雇いたくないんだよ」と言われたくさん傷つく経験もあった。

日本で、ふたたび自信を失くしお友だちもできなかった…。仕事をしながら、テレビと話す日々がつづく…。テレビから聞こえる日本語の発音を、一生懸命マネした。けれど次第に、やる気も失くなり何もできない日々がつづいた。

しかし、天啓のような気づきが訪れる。「もうヤメた!ネガティブになるのに疲れた!私は何も変わらない!私は私らしく生きる!日本語が下手な外国人は私だけじゃない!」

自分の考え方を、180度変えることにした。そこから、快進撃がはじまった。嫌なことを言われたら、考えをポジティブ思考に変えて「私は価値がある人間だ」といつも自分に言い聞かせた。毎日メモ帳を持ち歩いて、わからない日本語をすべて書いて覚えまくった。そのおかげで、だんだんとお友だちもできるようになった。そのような変化とともに、自信を取り戻した。また、日本人のお友だちが、日本語を教えてくれるようにもなった。

そうして、本来の自分の想いもよみがえってきた。「私は、もともと人と話すのが好きだった。そして英語講師になることは、昔からの夢だった」。そのような経験をしてきたからこそ「言語の学習においては、私ほど気持ちがわかる人はいない」と強く確信している。

来日から20年間は、英語以外の仕事をいくつも掛け持ちし、シングルマザーとして働きつづけた。そうした日々を過ごしていたときに、English-21の英語講師募集の案内を見つけ応募する。採用後は、Ayumi先生からその能力を評価され、現在は正社員として当スクールでの英語指導に携わっている。

【Melody先生からのメッセージ】
I understand that learning takes time and each students has their own unique pace of learning. I am patient with my students, providing them with the support and guidance they need to succeed. I recognize that every students is different and may learn in different ways. I am adaptable in my teaching methods, using various strategies and techniques to accommodate the diverse needs of my students.

学習には時間がかかり、生徒ごとに学習ペースが異なることを理解しています。私は生徒に忍耐強く接し、成功するために必要なサポートと指導を提供します。生徒はそれぞれ異なり、学習方法も異なることを認識しています。私は、生徒の多様なニーズに対応するために、さまざまな戦略とテクニックを使用して、柔軟な指導法を実践しています。

体験レッスンを試してみませんか?

葛飾区にあります英語スクール「English-21」では、恥ずかしくて聞けない初歩の初歩、英語のキホンのキから学べます。

例えば「Be動詞って何?」とは、外国人の先生には聞きづらいものです(日本人の先生であっても聞きづらいかもしれません)。

私たちは「Be動詞とは」、「主語とは」、「動詞とは」ということを、日本語できちんとお伝えするようにしています。

葛飾区の英語スクールならEngilsh-21
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